当事務所のホームページのタイトルは「経営労務デザイン」です。ここでの「デザイン」は、物事を俯瞰して問題の本質を捉え、解決に導く仕組みを設計するという意味で使っています。しかし今回のコラムでは、あえて「デザイン」を製品の見た目・意匠という本来の意味に戻して、プロダクトデザインについて考えてみたいと思います。
普段の「経営をデザインする」という文脈とは一見異なるテーマですが、「美しさが人の行動や感情にどう作用するか」という視点では、経営とデザインは根底でつながっていると感じています。色彩コーディネーターとしての視点を持ちながら経営支援に携わる中で、「機能と美しさは対立するものではなく、両輪である」という確信を強めてきました。本記事は前編(上)として、まず「製品と幸福度の関係」を扱います。後編(下)では、この考え方をさらに掘り下げて論じる予定です。
機能性だけが、製品の価値ではない
ここで言う「プロダクト」とは、一般消費者向けの実用的な工業製品を指します。美術品は除きますが、実用的な工芸品は含みます。キッチン家電、家具、照明器具、音響機器、掃除機——私たちの暮らしを取り囲むさまざまな製品のことです。
こうした製品において、最も重要な要素が何かと問われれば、誰もが「機能性」と答えるでしょう。それは正しいです。洗えない洗濯機、冷えない冷蔵庫、掃除できない掃除機に価値はありません。機能性はプロダクトの存在理由そのものです。
しかし、機能性と同等、あるいは場合によってはそれ以上に重要な要素があります。それがデザイン、すなわち製品の見た目です。「見た目より中身」という価値観は、日本の文化に深く根ざしているため、この主張に違和感を覚える方もいらっしゃるかもしれません。しかし少し立ち止まって考えてみてください。あなたの家にある製品は、一日のうち何時間、実際に「使われて」いるでしょうか。
家具を例に考えてみましょう。椅子であれば「座り心地」が機能性の核ですが、リビングに置かれた椅子は、座っていない時間のほうがはるかに長いはずです。照明器具も同様です。「明るさ」という機能を満たしながらも、消灯している間も部屋の中にその形・素材・色が存在し続けます。私たちは、製品を「使う瞬間」だけでなく、「そこにある時間」をも含めて、暮らしの中で製品と向き合っているのです。
「置物」としての機能 — 美しいものに囲まれると、なぜ人は幸せを感じるのか
製品は、使われていない時間のほうがはるかに長いのです。例えば、電気ケトルを考えてみましょう。一日に何度か湯を沸かすとして、実際に稼働している時間は数分にすぎません。残りの時間、それはキッチンのカウンターや棚の上に「置かれています」。コーヒーメーカーも、トースターも、スピーカーも同じです。
つまり、製品がその機能を発揮している時間は全体のごく一部であり、大半の時間はそこに「存在している」だけです。この事実に気づくと、プロダクトに対する評価軸が変わってきます。製品は「道具」であると同時に、「置物」でもあるのです。
| 製品の機能 | 発揮される場面 | 評価される要素 |
|---|---|---|
| 道具としての機能 | 使用している数分〜数時間 | 性能・操作性・耐久性 |
| 置物としての機能 | 使用していない大半の時間 | 見た目の美しさ・質感・空間との調和 |
置物に機能がないわけではありません。「置物としての機能」があります。そしてその機能とは、見た目の美しさです。なお、空気清浄機や加湿器のように、一日中生活環境の中で稼働し続けている製品については、この「置物としての機能」がさらに重要になります。常にそこに存在し続けるからこそ、その見た目は生活空間に絶え間なく影響を与え続けるのです。
「置物としての機能」を構成する要素は、単に「形がきれいかどうか」だけではありません。色彩・質感・素材感・サイズと空間とのバランス——これらが複合的に組み合わさって、私たちが「美しい」と感じる印象が生まれます。同じ形のケトルでも、マットな質感の白とつや消しの黒では、キッチンに与える印象がまったく異なります。色彩や質感の選択は、好みの問題として片付けられがちですが、実際には生活空間全体の調和を左右する重要な設計要素なのです。
美しい置物は、幸福度を高め、生活を豊かにします。なぜ、見た目が美しいものに囲まれると、私たちは幸せを感じるのでしょうか。この問いに対する考察は深く長くなるため、後編(下)で改めて論じる予定ですが、ここで一点だけ触れておきます。人が「美しい」と感じる体験は、視覚情報の処理にとどまらず、感情・記憶・身体感覚と複雑に結びついています。美しい空間に身を置くとき、人は無意識のうちに安心感や肯定感を覚えます。それが日常の積み重なりとして、生活全体の充実感につながっていくのです。
経営とデザインの接点
職場環境のデザインも、同じ文脈で語れます。社員が長い時間を過ごすオフィスや作業空間が、機能的であるだけでなく美しく整えられていることは、モチベーションや集中力、そして組織へのエンゲージメントに影響します。「働く場所のデザイン」は、人事労務戦略ともつながっているのです。
考えてみれば、オフィスもまた「置物」としての時間が長い空間です。会議室のテーブルや椅子、デスクの並び、休憩スペースの内装——これらは社員が意識的に「使っている」瞬間だけでなく、視界に入り続けることで無意識のうちに心理状態へ影響を与えています。雑然とした環境に長時間身を置くことと、整えられた環境に身を置くことでは、同じ業務をしていても感じる疲労感や集中力が異なります。
| 職場環境の状態 | 社員の心理的反応 | 組織への影響 |
|---|---|---|
| 雑然とした空間 | 無意識の緊張・疲労感の蓄積 | 集中力の低下・離職要因の一つに |
| 機能性のみ重視した空間 | 作業はできるが愛着が生まれにくい | エンゲージメントが頭打ちになりやすい |
| 機能性と美しさが両立した空間 | 安心感・肯定感・「ここで働きたい」という実感 | モチベーション向上・採用ブランディングにも寄与 |
企業を一つの生命体として全体俯瞰するという視点で考えてみると、製品単体の美しさを追求することと、職場という「場」全体の美しさを整えることは、根を同じくする取り組みだと言えます。どちらも「そこに存在し続けるものが、人の感情にどう作用するか」という共通の問いに向き合っているからです。
プロダクト単品より、「場」全体の美しさのほうが、幸福度への影響は大きい
美しいプロダクトが幸福度を高めるという前提に立ったとき、次に考えるべき問いがあります。「美しいプロダクト」とは何か、ということです。単品として目を引くデザインが美しいのか。あるいは別の基準があるのか。この問いが、プロダクトデザインの本質へと私たちを導きます。
ここで最も強調したいことがあります。プロダクト単品の美しさも幸福度を高めますが、それを使用する「場」——キッチン、リビング、書斎、寝室など、その製品が置かれる生活環境全体のデザイン——の美しさのほうが、幸福度への影響力はより大きいということです。
どれほど美しいデザインのケトルであっても、それが雑然としたキッチンに置かれていれば、その美しさは十分に発揮されません。逆に、デザイン的には目立たない控えめな製品であっても、整えられた空間の中に溶け込むように置かれているとき、その場全体が醸し出す美しさは確かなものになります。
これは、優れた音楽家が一人で演奏するときと、オーケストラの中で自分の楽器を弾くときの違いに似ています。個々の楽器の音色が優れていることはもちろん重要ですが、全体の調和の中でこそ、その音色は本当の意味で響きます。プロダクトデザインにおいても、製品単体の完成度を追求するだけでなく、それが配置される空間という「オーケストラ」の中でどのように響き合うかを考える視点が欠かせません。
つまり、プロダクトデザインを考える際には、製品単体の美しさだけでなく、それが置かれる「場」との調和を意識する必要があります。「この製品は、どのような空間に置かれるのか」「その空間の雰囲気・色調・素材感と、この製品はどう響き合うのか」——こうした問いを持つことが、本当に価値あるプロダクトデザインへの第一歩です。
この考え方は、製品単体を磨くことに集中しがちなメーカーや設計者にとって、視点の転換を迫ります。優れた製品を作ることと、使われる環境を豊かにする製品を作ることは、必ずしも同じではありません。後者の視点こそが、生活者に真に寄り添うデザインの出発点です。
後編(下)「プロダクトデザインを考える(下) — コロナ後に変わった日本のデザイン感覚と、「場を超越するデザイン」の話」では、この「場との調和」というテーマを日本のプロダクトデザインの変化と重ねながら、さらに掘り下げて論じています。
ET-OFFICE 経営労務デザインでは、製品・空間のデザイン視点を経営戦略やブランド戦略、職場環境づくりに応用するご相談も承っています。初回相談は無料です。


