Z世代を中心に、「エモい」という言葉を耳にする機会が増えました。一般的には「感情が動かされた状態」「感情が高まって強く訴えかける心の動き」を意味する言葉とされていますが、実際に最も多く使われている場面は、昭和レトロのような古いものや、昔の風景を目にしたときのように感じます。なぜか彼らは、自分が経験したこともない古いものに感情を動かされているのです。そしてZ世代は、これから消費の中心を担っていく世代です。この「エモい」という感情の正体を読み解くことに、ビジネスのヒントが隠れているのではないか——今回はそのように考え、私見を述べてみたいと思います。本稿はあくまで私個人の考察であり、学術的な裏付けがあるわけではありませんが、一つの視点として読んでいただければ幸いです。
「エモい」はどこで使われているか
「エモい」という言葉は、実に幅広い場面で使われます。感動的な映画を観たとき、美しい夕焼けを見たとき、友人との思い出深い会話をしたとき——さまざまな文脈で「エモい」は登場します。本稿では、その中でも特に頻度が高いと感じられる使われ方、すなわち「昭和レトロな物や、過ぎ去った時代の風景に対して使われる『エモい』」に絞って考えていきたいと思います。
喫茶店の古びた看板、昭和の団地、色褪せたブラウン管テレビ、レコードプレーヤー——こうしたものを目にしたZ世代が「エモい」とつぶやく場面は、SNS上でもよく見かけます。興味深いのは、彼らの多くがその時代を生きていないという点です。実体験としての記憶がないにもかかわらず、なぜ心を動かされるのでしょうか。
「なつかしい」との決定的な違い
古いものへの感情的な反応というと、「なつかしい」や「ノスタルジア」という言葉が真っ先に思い浮かびます。「エモい」はこれらと近い感情のように見えますが、私は両者には決定的な違いがあると考えています。
「なつかしい」や「ノスタルジア」は、自分自身の幼少期の記憶や原風景への憧れです。それは、好奇心旺盛であらゆるものを吸収していた子ども時代、あるいは気力・体力が充実して疲れを知らなかった時期への憧れだと考えられます。「あの頃に戻りたい」という願望——これが「なつかしい」の正体ではないかと私は思います。つまり、自分自身の記憶がベースになっている感情です。
一方、「エモい」は、必ずしも自分自身の記憶をベースにしていません。もちろん、自分の思い出に対して「エモい」と言う場面もありますが、それは用法の一部にすぎません。経験したことのない昭和の風景に対しても「エモい」という感情が湧き上がるのだとすれば、そこには「なつかしさ」とは別のメカニズムが働いていると考えるほうが自然です。
| 感情 | ベースとなるもの | 対象の性質 |
|---|---|---|
| なつかしい/ノスタルジア | 自分自身の記憶・原風景 | 自分が実際に経験した時代・場面 |
| エモい(古いものに対して) | 記憶ではなく、別の感情メカニズム | 自分が経験していない過去も対象になりうる |
「エモい」の正体は「安心」ではないか
では、記憶がベースでないとすれば、「エモい」という感情はどこから生まれるのでしょうか。私は、その正体は「安心」であり、「進化」の対極にある感情ではないかと考えています。もう少し踏み込んで言えば、「エモい」とは、進化に対する恐怖からの逃避の感情ではないか——これが私の仮説です。
この感情が強まった要因として、私はAI(人工知能)の存在が大きいのではないかと考えています。やや余談になりますが、私はここ数年で目立つようになった人間の特徴的な行動——「エモい」だけでなく、タトゥーや筋トレの世界的な流行なども含めて——その背景には、程度の差はあれAIの存在が関係しているのではないかと感じています。本稿では、その中でも「エモい」に焦点を絞って考察します。
進化がもたらす恐怖と、AIという「新種の脅威」
環境変化とそれへの適合をめぐる生存競争への恐怖は、人類の歴史の中で古くから存在してきたものです。しかしAIの登場は、この恐怖を大きく増幅させたのではないかと私は考えています。
AIがもたらす生存競争には、これまで人類が積み重ねてきた「勝利の方程式」がそのまま通用しません。学歴を積む、専門技術を磨く、経験を蓄積する——こうした従来の努力の型が、AIという新しい変数の前で再定義を迫られています。生態系の頂点に君臨し、長らく生存の恐怖から解放されてきたはずの人類にとって、これは大きな試練であるように感じます。
「エモい」は、この恐怖からの逃避先として機能しているのではないでしょうか。Z世代が、自分自身は経験したことのない古いもの、過ぎ去った時代のもの——例えば昭和の物や風景——に対して「エモい」という感情を抱くのは、それらがすでに生存競争を勝ち抜いた存在だからだと私は考えます。生存競争に敗れる心配がないからこそ、そこに「安心」を感じるのです。もちろん、それを勝ち抜いたのは自分自身ではなく親の世代かもしれません。しかし生存競争という文脈においては、それでも本質的には同じことだと私は思います。
| 視点 | 内容 |
|---|---|
| 恐怖の源 | AIがもたらす、従来の「勝利の方程式」が通用しない新しい生存競争 |
| 逃避先 | すでに生存競争を勝ち抜いた「過去のもの・過ぎ去った時代」 |
| 感情の正体 | 敗れる心配がないことへの「安心」=エモい |
世界共通の感覚として広がる「エモい」
Z世代は、古い時代のものに「安心」を見出し、進化への恐怖からの逃避先を求めているように見えます。昨今の古着ブームも、この文脈で説明できるのではないかと私は考えています。日本の昭和の音楽が世界的に再評価されているという話も耳にしますが、これも同様の現象として捉えられるかもしれません。
重要なのは、「エモい」が日本国内に限定された感覚ではないという点です。AIという変化は世界共通で進行しており、それに対する恐怖と逃避の感情もまた、世界共通で広がっている可能性があります。そしてZ世代は、これからの消費の主役を担う世代です。「エモい」という感情の正体を理解することには、ビジネスにおける大きなヒントと可能性が眠っているのではないかと私は考えています。
まとめ
- Z世代が古いものに対して使う「エモい」は、自分自身の記憶をベースにする「なつかしい」「ノスタルジア」とは異なる感情ではないか
- 「エモい」の正体は「安心」であり、「進化」の対極にある感情——進化に対する恐怖からの逃避ではないかというのが私の仮説
- AIの登場は、生存競争における「勝利の方程式」を通用させなくし、進化への恐怖を増幅させた
- すでに生存競争を勝ち抜いた過去のものに触れることで、「敗れる心配がない」という安心感が「エモい」として表れているのではないか
- この感覚は日本国内に限らず世界共通で広がっており、消費の主役を担うZ世代を理解するうえで重要な手がかりになりうる
この「エモい」の正体をふまえ、企業がどのようにこの感情に向き合い、ブランド戦略・デザイン戦略に活かせるのかは、後編で考えていきます。▶ 「エモい」の正体(下) — Z世代の「安心」を、ブランド戦略にどう活かすか
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