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前編(上)「俯瞰すれば、会社が変わります(上)— マクロとミクロ、二つの視点を全社員が持つとき」では、「大局的な視点(マクロ的思考)」と「局所的な視点(ミクロ的思考)」の二つを全社員が持つことの重要性を論じました。この二つの視点は経営者だけのものではなく、全社員が持つことで仕事の意味がつながり、ブランドの一貫性が生まれ、モチベーションが根本から変わります。後編(下)では、この「俯瞰する力」を、労務関連の法改正という具体的な出来事に当てはめます。

同じ出来事が、視点によってまったく異なる姿に見えます

法改正という出来事は、ミクロ的視点から見ると「外から課せられた対応義務」です。就業規則を改定しなければならない。相談窓口を設置しなければならない。研修を実施しなければならない。しかも期限がある。コストがかかる。——ミクロ的に見れば、これはピンチです。

しかしマクロ的視点——大局的・長期的な視点に視座を上げると、同じ出来事がまったく異なる姿として見えてきます。

ミクロ的視点(局所・短期) マクロ的視点(大局・長期)
法改正の見え方 ピンチ:対応コスト・手間・期限のプレッシャー。「また義務が増えた」という感覚 チャンス:経営を根本から見直す契機。人材・組織・ブランドを強化する好機

この視点の転換は「ポジティブシンキング」でも「楽観論」でもありません。現実をより広く・より正確に把握するための思考習慣です。ミクロ的視点だけに留まることが、現実の一側面しか見えていない状態なのです。

法改正は、社会が直面している問題への「公式な答え」です

労務関連の法改正は、基本的に何らかの社会問題への対処として行われます。職場のハラスメント・労働時間の長時間化・非正規労働者の処遇格差・少子化と労働力不足——こうした問題が社会的に顕在化し、放置できなくなったとき、法律という形で対処の方向性が示されます。

ここで重要な問いを立てます。「もし法改正がなかったとしても、これらの問題は存在しなかったのでしょうか」。答えは明白に「ノー」です。ハラスメントは法改正がなくても職場に存在し、社員を傷つけ、離職を招き、採用を困難にします。労働環境の問題は、法律で義務化される前から、人材の定着率と生産性に影響を与え続けています。法改正は、本来対処しなければならない問題を明確化し、「あなたの会社が向き合うべき課題はここにある」というメッセージを社会全体に向けて発信しているのです。マクロ的視点で捉えれば、法改正は「問題を押し付けてくる外部の力」ではなく、「経営者が向き合うべき本質的な課題を、社会が代わりに可視化してくれているもの」と読み替えることができます。

法律要件を満たすことで問題が完全に解決されるわけではありません。就業規則に条文を加えるだけでは、職場のハラスメントは根絶されません。しかし少なくとも、法改正は「問題の所在」と「解決に向けた最低限の道筋」を示してくれています。それを起点に、より本質的な対応へと踏み込むことが経営者には求められています。

実際の法改正を、二つの視点で見てみましょう

二つの法改正を例に、「ミクロ的なピンチ」と「マクロ的なチャンス」を具体的に整理します。

法改正 ミクロ的視点(ピンチ) マクロ的視点(チャンス)
2026年10月施行
カスタマーハラスメント・求職者等ハラスメント防止措置義務化
就業規則の改定・相談窓口の設置・社員研修の実施。採用活動での管理負担も増加。対応コストと手間が増える ハラスメントは法改正以前から採用力・定着率・エンゲージメントを損なう根本的な経営課題だった。対策の整備で社員が安心して働ける環境が生まれ、採用ブランドが強化され、カスハラによる従業員の消耗を防げる。「守りの整備」が「攻めの経営基盤」になる
2026年10月・2035年全面適用
パートタイマーへの社会保険適用拡大・賃金要件の撤廃
会社負担の社会保険料が増加する。対象者の労働時間を抑えようとすれば採用数が増え、人的パフォーマンスが低下するリスクがある 短時間・多人数の雇用体制はもともと定着率・習熟度の低さという問題を抱えていた。社会保険の整備で定着率が向上し、採用市場でのアピールポイントになる。あと9年ある。今から動けば、施行日までに経営基盤の強化は十分に実現できる

いずれの法改正も、「問題の本質は法改正の前から存在していた」という点が共通しています。法改正はその問題を可視化し、「今こそ向き合うべきタイミング」を与えてくれています。デザイン戦略の視点では、法改正を「外から課せられた制約」ではなく「経営の構造を見直す起点」として捉えます。ブランド戦略の視点では、労務環境の整備を「社外への約束」として発信することで採用市場での強みになります。人事労務戦略の視点では、法律要件の充足を出発点に「人が育ち・定着し・力を発揮できる組織」の設計へと踏み込みます。三本柱の視点を揃えることで、法改正への対応は義務消化ではなく経営強化の取り組みになります。

「まだ大丈夫」は、最もリスクの高い判断です

法改正への対応を後回しにしたくなる気持ちは理解できます。日々の業務に追われる中で、施行まで時間がある法改正への対応を優先順位の上位に置くことは難しい。しかし「まだ大丈夫」という判断は、往々にして最もリスクの高い選択です。

経営の体質を変えるには時間がかかります。就業規則を整備し、相談体制を構築し、社員の意識を変え、採用ブランドを高め、収益構造を改善する——これらは一夜にして実現するものではなく、継続的な取り組みの積み重ねによってのみ成し遂げられます。施行日の直前に慌てて「形だけの対応」をするのと、今から時間をかけて「本質的な対応」を進めるのとでは、5年後・10年後の経営基盤に大きな差が生まれます。法改正の施行日という締め切りは、「やらなければならない期限」(ミクロ的視点)ではなく、「経営を強くするための行動の起点」(マクロ的視点)として活用できます。視点を変えることで、締め切りの意味も変わります。局所的に見れば、労務関連の法改正はピンチです。しかし大局的に見れば、それはすべて「より良い会社になるためのチャンス」という顔を持っています。そのチャンスをつかむかどうかは、「俯瞰する力」があるかどうかにかかっています。

中小企業における人材の重要性は、大企業のそれとは質が異なります。大企業は組織の力で個人の能力差を補完できますが、中小企業では一人ひとりの社員が能力を最大限に発揮できるかどうかが、会社全体のパフォーマンスに直結します。中小企業にとって人材は、まさに生命線です。だからこそ、労務関連の法改正への対応を「義務の消化」で終わらせず、「人材という経営資産を最大化する契機」として活用することが重要になります。労働環境を整えることで社員のモチベーションとエンゲージメントが高まり、人的パフォーマンスが向上し、それが経営基盤の強化につながります。(上)で論じたマクロ的思考を全社員が持つ組織は、こうした取り組みが自然とブランド価値の向上と経営の強靭化につながっていきます。

まとめ

  • 法改正はミクロ的に見ればピンチ(コスト・手間・期限)だが、マクロ的に見ればチャンス(経営を根本から見直す契機)。同じ出来事が視点によってまったく異なる姿に見える
  • 法改正は社会問題への「公式な答え」。「法改正がなければ問題は存在しなかった」は誤り——問題は法改正の前から存在し、人材・採用・定着率に影響を与え続けていた
  • ハラスメント防止措置義務化も社会保険適用拡大も、「守りの整備」を「攻めの経営基盤」に変えるチャンスとして捉え直せる
  • 「まだ大丈夫」は最もリスクの高い判断。経営の体質を変えるには時間がかかる。施行日を「行動の起点」として今から動くことが、5年後・10年後の差を生む
  • マクロとミクロ二つの視点を経営者から社員一人ひとりまで持つとき、会社の体質は変わり、経営は強靭化される

ET-OFFICE 経営労務デザインでは、法改正への対応はもちろん、「会社全体のマクロ的な視点をどう育てるか」「社員のエンゲージメントをどう高めるか」といった経営の根幹に関わるご相談も承っています。「どこから手をつければよいかわからない」という方も、まずはお気軽にご連絡ください。初回相談は無料です。

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