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和菓子店を含む菓子小売業の倒産が増えるなか、長い歴史を持つ和菓子店でも、倒産や閉店が報じられています。原材料や燃料の価格の高騰、後継者の不在、暮らしや好みの変化など、背景はさまざまに語られています。地元で長く愛されてきた老舗が、のれんを下ろす。その知らせに触れると、何とも言えない「寂しい」「悲しい」「残念」という感情が湧き起こります。不思議なのは、毎週のように通っていたわけでもない店に対しても、同じ気持ちになることです。今回は、この「何とも言えない」感情の正体について考えてみます。

時間が生む普遍性と、それでも逃れられない淘汰

老舗のような歴史のある店には、重ねてきた時間に比例するように、一定の普遍性が宿っています。環境の変化を何度も乗り越え、時代を超えて支持され続けてきたからです。

しかし、だからといって自然淘汰を免除されているわけではありません。過去にどれほど支持されていても、今の時代から支持されなければ、淘汰の対象になります。

では、老舗はどう生きればよいのでしょうか。環境の変化に合わせて、変えるべきところは変える。しかし、残すべきところは残す。これが老舗の生きる道です。すべてを変えてしまえば、長い時間をかけて獲得した普遍性を、自ら手放すことになります。変わらなければ淘汰され、変わりすぎれば老舗である意味を失う。老舗とは、その細い道を歩み続けてきた存在なのです。実際、長く続いてきた店の多くは、何も変えずに来たわけではありません。包装も、売り方も、ときには品書きそのものも、時代に合わせて変えてきたはずです。それでも変えなかった核があったからこそ、老舗であり続けることができたのです。

「何とも言えない」感情の正体は、「不安」と「後悔」です

私は、老舗の閉店に触れたときの「何とも言えない」感情の正体は、「不安」と「後悔」だと思います。不安は二つあり、後悔と合わせて、三つの感情が混じり合っています。

感情その奥にある問い
不安①
評価の正当性への不安
私たちが下した「支持しない」という評価は、本当に正しかったのか
不安②
現役の古いものが失われる不安
「変わらずにあり続けることはできる」という証が、目の前から消えてしまうのではないか
後悔
二度と手に入らないものを手放した後悔
取り戻せない時間を、自分たちの判断で捨ててよかったのか

一つ目の不安 — 私たちの評価は、正しかったのか

長い時間支持され続け、一定の普遍性と文化的な価値を持つ老舗。その店が閉店するということは、私たちが「支持しない」ことを表明した、ということでもあります。言い換えれば、後世に伝えるべきものではない、と評価したことになります。

ただ、この評価は、誰か一人が下したものではありません。「今日は別の店で買おう」「手土産は駅のお店で済ませよう」。一人ひとりの小さな選択が積み重なり、気づいたときには結論が出ていた。誰も決めていないのに、全員で決めてしまった。それが、老舗の閉店という出来事の実際の姿です。

だからこそ、心がざわつくのです。果たして、私たちのこの評価は正しかったのでしょうか。この店には、本当に今の時代を超える価値がなかったのでしょうか。私たちが下した判断を、後世から責められることはないでしょうか。一つ目の不安は、私たちが下した評価の正当性に対する不安です。

二つ目の不安 — 「現役の古いもの」が失われていく

不安には、もう一つあります。古いものが失われていくことへの不安です。

昭和レトロな物や風景に「エモい」と心を動かされる若い世代が増えています。その根には、変化の速さへの不安があると私は考えています。進化の先が見えない時代に、人は、すでに通り過ぎた時代のものに安らぎを覚えるのです。

しかも老舗は、単なる過去の遺物ではありません。今も店を開け、菓子をつくり、客を迎えている「現役」です。博物館に残された道具は、過去がどうであったかを伝えてくれます。しかし、今日も店先に並ぶ菓子は、過去が今も生きていることを伝えてくれます。この違いは、決して小さくありません。守るべきところを守り、すべてを変えなくても時代に適応できる。老舗は、そのことを身をもって示す証そのものです。二つ目の不安は、歴史があり、かつ現役でもあるもの、つまり「変わらずにあり続けることはできる」という証が、目の前から失われていくことに対する不安です。

後悔 — 二度と手に入らない時間を、手放したこと

最後は、後悔の念です。老舗が生き抜いてきた時間は、二度と手に入れることができません。どれほどAIが発達しても、過去の時間をつくり出すことはできないのです。新しい味やデザインは生み出せても、百年続いてきたという事実だけは、誰にも、何にもつくれません。積み重ねた時間と歴史は、老舗が持つ最も重要なものだと言っていいでしょう。そして、AIが新しいものを次々と生み出すほど、過去の時間の価値はむしろ高まっていきます。

しかも、老舗が積み重ねてきた時間は、店の中だけにあるものではありません。季節ごとに並ぶ菓子を楽しみにしてきた人がいて、お祝いやお見舞いの品を選んできた家族がいて、子どもの頃に祖父母に連れられて来た記憶を持つ人がいる。老舗の時間は、地域の人々の暮らしの時間と重なり合っています。一軒の老舗が閉じるとき、失われるのは店の歴史だけではなく、その地域が重ねてきた時間の一部なのです。

それほど重要なものを、自分たちの判断で手放してしまった。二度と手に入らないものを、自ら捨ててしまった。後悔とは、「本当にこれで良かったのだろうか」という、答えの出ない問いでもあります。

寂しさを、失う前の行動に変える

こうした「不安」と「後悔」が混じり合った結果、「寂しい」「悲しい」「残念」という感情が生まれるのだと思います。長い時間その地域で支持され続けてきた老舗は、地域文化の一部です。本当に失ってよかったのでしょうか。地方創生や文化保全の観点から、考える必要があるのではないでしょうか。

この感情を、閉店を知ったときの寂しさだけで終わらせないために、できることがあります。地域に暮らす私たちにとっては、評価は閉店の日に下されるのではなく、毎日の小さな選択の中で下されていると知ることです。惜しむべきなのは、失ったあとではなく、今です。

そして老舗の側にとっては、自らの「変えるべきところ」と「残すべきところ」を、はっきりと言葉にしておくことです。例えば、次のような整理が考えられます。

変えてよいところ(例)残すべきところ(例)
売り方
オンライン販売、催事や駅での出店
製法
手仕事の核となる工程、あんの炊き方
商品の形
少人数向けの小さな包装、手土産に合わせた詰め合わせ
味の芯
代々受け継いできた味の基準
伝え方
店の歴史や職人の仕事を、SNSや店頭で発信する
屋号とのれん
店の名前と、それが背負ってきた信用
店の運営
営業日や営業時間、支払い方法
地域とのつながり
季節の行事や祭り、地域の人との関係

何を残すのかが言葉になっていれば、それ以外を変えることを恐れずにすみます。残すべきところを守りながら、変えるべきところは大胆に変えていく。その姿こそが、これからの時代にも支持される老舗の姿ではないでしょうか。

まとめ

  • 老舗には、重ねた時間に比例する普遍性がある。しかし自然淘汰を免除されているわけではなく、今の時代に支持されなければ淘汰される
  • 老舗の生きる道は、変えるべきところは変え、残すべきところは残すこと。すべてを変えれば普遍性を手放すことになる
  • 老舗の閉店に触れたときの「何とも言えない」感情の正体は、二つの「不安」と一つの「後悔」である
  • 一つ目の不安は、一人ひとりの小さな選択の積み重ねで下した「支持しない」という評価が、正しかったのかという不安
  • 二つ目の不安は、「変わらずにあり続けることはできる」という現役の証が失われていく不安
  • 後悔は、AIにもつくれない過去の時間を、自分たちの判断で手放したことへの後悔
  • 地域の私たちは「惜しむべきは今」と知り、老舗は「何を変え、何を残すか」を言葉にしておく

ET-OFFICE 経営労務デザインでは、老舗や歴史ある事業の「変えるべきところ」と「残すべきところ」の整理から、ブランドの発信、事業承継のご相談まで、経営全体の視点でご支援しています。「店の歴史を次の世代につなぎたい」という方も、まずはお気軽にご相談ください。初回相談は無料です。

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