2026年10月1日、カスタマーハラスメント対策の義務化と並んで、「求職者等ハラスメント防止措置」も義務化されます。業種・規模を問わず、一人でも従業員を雇用するすべての事業主が対象です。採用活動は商品やサービスと同じく、会社の「顔」です。しかし面接や説明会での社員の言動が、会社のブランドを静かに、そして時として一気に傷つけているケースが後を絶ちません。今回は法改正の概要を整理したうえで、単なる義務対応にとどまらず、採用活動全体をブランドの強みに変えるための考え方をお伝えします。なお、「求職者等」には就職活動中の学生だけでなく、転職活動中の求職者やインターンシップ参加者も含まれます。採用に関わるあらゆる場面が対象です。
就活生の3人に1人が、採用活動中にハラスメントを経験している
まず、現状の深刻さを数字で確認しましょう。厚生労働省が実施した「令和5年度 職場のハラスメントに関する実態調査」によると、就職活動またはインターンシップ中に就活等セクシュアルハラスメントを一度以上経験した就活生の割合は、30%を超えています。就活生の約3人に1人が被害を受けている計算です。
この数字は、一部の悪質な企業だけの問題ではなく、多くの企業の採用現場で日常的に起きていることを示しています。そして直視しなければならないのは、「加害者」は外部の人間ではないという事実です。採用面接で就活生と向き合っているのは、自社の社員です。「うちの社員に限ってそんなことはない」という認識は、危険な過信です。高い発生率の背景には、加害者側の「自覚のなさ」と、社員と就活生の間にある「感覚のギャップ」が深く関わっています。
採用活動でのハラスメントが特に危険な理由 — 被害の「拡散構造」
ハラスメントはいかなる場面でも許されるものではありません。しかし採用活動という場での発生が特に危険なのは、その「被害の拡散構造」にあります。
社員として入社した人が職場でハラスメントを受けた場合、社内の相談窓口や上司に報告するという選択肢があります。しかし就活生には、その選択肢がありません。就活生はその企業の社員ではなく、労務管理の対象外です。相談先がなく、立場としても非常に弱い状態に置かれています。
さらに深刻なのが、情報の拡散速度です。就活生は情報収集と共有に積極的で、採用説明会・インターンシップ・面接での体験は、SNSや就活口コミサイト、友人間の会話を通じてリアルタイムに共有されます。一つのネガティブな体験が、同学年の就活生コミュニティ全体に広がるまでに、さほど時間はかかりません。また、就活生の体験談は下級生にも伝わります。同じ大学・同じゼミ・同じサークルのネットワークを通じて、ネガティブなイメージは年度を超えて蓄積されます。採用活動での一度のハラスメントは、その年の採用だけでなく、数年にわたって志望者を遠ざける可能性があります。採用競争が激化する時代に、これほど重大なリスクはありません。
なぜこれほど発生するのか — 三つの構造的原因と対策
就活生の約3人に1人がハラスメントを経験しているという現実は、「一部の悪質な社員の問題」では説明できません。そこには構造的な原因があります。
| 構造的原因 | 内容 | 対策の方向性 |
|---|---|---|
| ① 加害者に自覚がない | 採用担当者は「優秀な人材を見極める立場」という意識から、無意識に高圧的な言動をとりやすい。「普通の面接をしている」つもりでも、就活生にはハラスメントとして体験されている | 「自分が加害者になりえる」という自覚を持たせる研修を実施。具体的な言動例を示して認識を改める |
| ② 就活生は相談できない立場 | 「内定が欲しい」という切実なニーズが声を上げることを難しくする。相談窓口もなく、「異議を申し立てれば選考に不利になる」という恐怖が被害の訴えを抑制し、繰り返しを招く | 採用ページへの相談窓口の設置。窓口の存在が就活生を守ると同時に、社内への抑止力にもなる |
| ③ 社員と就活生の感覚ギャップ | 社会人として職場に慣れた社員には「この程度はよくあること」という感覚が生まれている。しかし就活生は社員の「普通」に対してずっと敏感に反応する。特に採用担当歴の長いベテラン社員で顕著 | 「社内では問題にならないことが就活生には問題になりえる」という視点を研修に組み込む。自分の感覚ではなく相手の感覚を基準に行動する意識を育てる |
この三つの原因すべてに対処しなければ、真の意味での予防設計にはなりません。「就業規則に一行追加して終わり」という対応が最も危険です。特に③の感覚ギャップは、採用担当歴の長いベテラン社員において顕著に現れます。経験を積むほど「採用面接の空気感」に慣れ、就活生が感じる緊張感や圧力を想像しにくくなっていきます。「自分が就活生だったころ、このくらいは当たり前だった」という感覚も、世代間のギャップをさらに広げます。採用担当者が長年変わっていない企業は、このリスクを特に意識する必要があります。
義務対応を採用ブランドの「強み」に変える — 四つの施策
ここまでリスクの話をしてきましたが、視点を変えれば、この法改正への対応は企業にとって絶好の機会でもあります。採用競争が激化する中で、求職者が企業を選ぶ基準は多様化しています。給与や福利厚生だけでなく、「この会社は社員を大切にしているか」「この会社で働いたら自分はどんな環境に置かれるのか」という点が、特に若い世代にとって重要な判断基準になっています。ハラスメント対策への真摯な取り組みを発信することは、この問いに対する明確な答えを示す行為です。採用活動そのものが、会社のブランドの体現の場である——そう捉えたとき、義務対応はコストではなく投資に変わります。
| 施策 | 内容とブランド上の効果 |
|---|---|
| ① 採用ページへの相談窓口設置 | 求職者専用の相談窓口を採用ページに明示し、連絡先と対応の流れを記載する。就活生に「この会社は守ってくれる」という安心感を与え、志望度の向上につながる |
| ② 入社後の対策との連動発信 | 求職者向けの対策だけでなく、入社後のハラスメント防止の取り組みも採用ページで紹介する。「入社前も入社後も守られる」という一貫したメッセージになる |
| ③ 採用担当者への感覚校正研修 | ハラスメントの定義だけでなく、「社内では問題にならないことが就活生には問題になりえる」という感覚のギャップを体感的に理解させる研修を制度化する。採用担当歴の長いベテラン社員こそ受講が重要 |
| ④ 方針の明文化と社外発信 | 「採用活動においていかなるハラスメントも許容しない」という方針を就業規則・採用ポリシーに明記し、社内外に周知する。姿勢の明示そのものが採用担当者への強力な抑止力になる |
就活生は情報拡散が速いと述べましたが、それはリスクだけでなくチャンスでもあります。「あの会社は採用活動でのハラスメント対策をしっかりやっている」「相談窓口があって安心だった」「面接官の対応がとても丁寧だった」という体験談は、同じ速さで就活生コミュニティに広がります。その評判は年度を越えて蓄積されます。義務対応を誠実に進め、それを発信することは、採用ブランドへの長期的な投資です。こうした取り組みを「していること」を積極的に採用ページや求人票で伝えることが、他社との差別化になります。「うちでは形式的な義務対応しかしていない」と「うちは採用段階から本気で取り組んでいる」という姿勢の違いは、就活生に必ず伝わります。
まとめ
- 2026年10月1日より、求職者等ハラスメント防止措置が全事業主に義務化される。規模・業種を問わず対象
- 就活生の約3人に1人がハラスメントを経験しており、その多くは自社の採用担当者が加害者になっている
- 就活生には社内相談先がなく、被害がSNSや口コミで拡散しやすい。数年にわたって採用力を損ない続けるリスクがある
- 発生率が高い構造的原因は「加害者の自覚のなさ」「就活生の弱い立場」「社員と就活生の感覚ギャップ」の三つ。すべてに対処することが真の予防設計
- 義務対応を誠実に進め発信することは、採用ブランドへの長期的な投資になる。就業規則整備・相談窓口設置・研修制度化・方針発信の四施策をセットで進める
ET-OFFICE 経営労務デザインでは、求職者等ハラスメント防止措置の制度設計(就業規則整備・相談窓口設置・研修プログラム設計)から採用ブランドの発信支援まで、人事労務戦略・ブランド戦略・デザイン戦略の三本柱の視点でトータルにサポートします。2026年10月の施行に向けて、まずはお気軽にご相談ください。初回相談は無料です。


