「地方創生」と叫ばれるようになってから、すでに10年以上が経過しました。2025年に発表された「地方創生2.0基本構想」では、これまでの「人口減少を食い止める」という発想から転換し、「当面の人口減少を正面から受け止めた上で、成長と適応を同時に進める」という、より現実的なアプローチが打ち出されています。日本全体が人口減少局面にある以上、地方の人口減少そのものは避けられません。本当の問題は、地方から都市への一方通行の人口移動によって、地方が自然減少よりも速いスピードで人口を減らしていることです。自然減少を上回る速さで縮小が進めば、地域社会に大きな歪みが生じます。本稿は私個人の考察であり、政策の当否を断定するものではありませんが、一つの視点として読んでいただければ幸いです。
地方創生2.0の「5本柱」に足りないもの
そもそも、なぜこれまでの地方創生策は思うような成果を上げられなかったのでしょうか。私は、その根本原因が「地方を都市の延長線上で捉えてきたこと」にあると考えています。生活環境を整え、雇用を作り、インフラを整備する——これらの施策は、突き詰めれば「都市にあるものを地方にも用意する」という発想の延長にあります。しかし、都市が持つ利便性を地方で完全に再現することは、規模の経済という観点からも現実的ではありません。都市から地方への人口移動の流れを新たに作り出すためには、都市の劣化コピーを目指すのではなく、都市との明確な差別化が欠かせません。「地方とは何か」という独自のコンセプトが必要です。地方創生2.0基本構想には、次の5本柱が掲げられています。
- 安心して働き、暮らせる地方の生活環境の創生
- 稼ぐ力を高め、付加価値創出型の新しい地方経済の創生
- 人や企業の地方分散
- 新時代のインフラ整備とAI・デジタルなどの新技術の徹底活用
- 広域リージョン連携
この5本柱を眺めたとき、私が感じるのは、地方と都市の差別化や、新しい地方像につながる視点が見当たらないということです。これらは、地方から都市への人口移動が起きる要因を分析し、「人が集まるための条件」を地方にも持たせることで、都市から地方への流れを作り出そうという発想に見えます。しかしこの発想では、地方は結局「都市の下位互換」でしかありません。下位互換をわざわざ選ぶ理由があるとすれば、それは「生活費が安いから」くらいのものでしょう。
「安さ」だけでは、地方同士の消耗戦になる
地方を都市と差別化し、積極的に地方が選ばれる状況を作り出す必要があります。もちろん、先の5本柱はどれも重要であり、人口流入を起こすために最低限整えるべき条件であることは間違いありません。しかし、それだけでは不十分です。「生活費が安い」という以外に、積極的に地方を選びたくなる理由が必要です。価格だけで勝負しようとすれば、都市との競争ではなく、地方同士の消耗戦に巻き込まれることになります。
「ワザ消費」は、地方が選ばれる理由になる
以前の記事(「ワザ消費」という新しい消費行動(上)(下))で、AIの時代における人間の優位性という文脈から、「技術を身に着ける・見る」という消費行動——「ワザ消費」——について考察しました。私は、この「ワザ消費」こそが、地方が積極的に選ばれるための理由の一つになると考えています。
伝統工芸や伝統的な祭りなど、「ワザ」の数そのものは、地方も都市も遜色ありません。同程度の歴史や伝統が積み重ねられてきたからです。しかし地方は、都市に比べて「ワザ」にアクセスしやすい状況にあります。人口が少なく、職人や担い手との距離が近いからです。
| 要因 | 地方における「ワザ」への影響 |
|---|---|
| 人口密度の低さ | 職人・担い手との物理的・心理的な距離が近く、技術に触れやすい |
| 自治体予算の制約 | 都市ではシステム化・機械化されている業務も、人の技術に頼らざるを得ない場面が残る |
| 気候・地理的な特性 | 雪下ろし・除雪、離島の台風対策など、独自の生活技術が日常に組み込まれている |
都市ではシステマチックに処理されている業務が、地方では人の技術に頼っている場合が少なくありません。経済規模が小さく、自治体の予算が限られているためです。例えば、雪国における雪下ろしや除雪の技術、離島における台風対策の技術など、地方では日常生活そのものの中に、人の技術が大きな存在感を持って組み込まれています。地方は、まさに「ワザ」の宝庫だと言えるでしょう。
「技術を身に着けたい」というニーズと地方をつなぐ
「技術を身に着けたい」という都市部のニーズと、地方が持つ「ワザ」をうまくマッチングさせることができれば、地方が積極的に選ばれる新しい理由が生まれます。そのためにまず必要なのは、地域ごとに眠っている「ワザ」の棚卸しです。伝統工芸や祭りといった目立つものだけでなく、雪下ろしや台風対策のような、日常に溶け込んだ生活技術も含めて、地方が持つ「ワザ」を可視化する作業が求められます。棚卸しの主体は、行政だけに委ねるべきではないと私は考えています。むしろ、その地域で実際に事業を営んでいる中小企業や個人事業主こそが、自らの現場に眠る「ワザ」を最もよく知る存在です。行政が旗を振るだけでなく、地域の事業者自身が「自分たちの技術は外から見ればワザ消費の対象になりうる」という視点を持つことが、棚卸しの精度を左右します。
次に必要なのは、そのマッチングを実現するプラットフォームです。特定の自治体や地域だけで完結させるのではなく、「ふるさと納税」のような全国横断的な仕組みとして整備することで、「ワザを学びたい・見たい」というニーズと、全国各地に散らばる「ワザ」を効率よく結びつけることができます。ふるさと納税が返礼品というモノを介して地方との関係を作ったように、「ワザ」というコトを介した新しい関係性を、地方と都市の間に築くことができるのではないでしょうか。
プラットフォームの設計にあたっては、単なる観光情報サイトの延長にしないことが重要だと私は考えています。「どこで何が見られるか」という情報の羅列ではなく、「その技術がどれほどの年月をかけて培われてきたか」「担い手が今どのような状況に置かれているか」という背景まで含めて発信することで、訪れる側の「ワザ消費」——つまり人間の優位性への安心——がより深いものになります。単なる一覧化ではなく、一つひとつの「ワザ」に物語を持たせる編集の視点が、プラットフォームの成否を分けるのではないでしょうか。
担い手不足の解消という、もう一つの効果
「ワザ消費」を地方創生に組み込むことには、もう一つ重要な効果があります。伝統工芸や伝統文化の多くは、深刻な担い手不足に直面しています。「ワザ消費」の仕組みを通じて、都市部から「技術を学びたい」という人が地方に流れ込む状況が生まれれば、それは同時に、後継者不足に悩む「ワザ」の担い手確保にもつながる可能性があります。地方が抱える「人口減少」という課題と、伝統技術が抱える「担い手不足」という課題は、実は同じ構造の中にあり、「ワザ消費」という一つの仕組みで、両方に働きかけられる可能性があります。
もちろん、「見学に来た人がそのまま移住し、後継者になる」という展開は、そう簡単には起こらないでしょう。しかし、まず「見に来てもらう」「体験してもらう」という入り口があることで、地域と技術への関心の総量そのものが増えます。関心を持った人の中から、一定数が短期滞在・二拠点生活・将来的な移住へと段階を進めていく——そうした緩やかな導線を設計することが、担い手不足の解消に向けた現実的な一歩になるのではないかと思います。いきなり「移住してください」と呼びかけるよりも、「まずワザを見に来てください」という入り口のほうが、心理的なハードルは大きく下がるはずです。
まとめ
- 地方創生2.0基本構想の5本柱は、人口流入のための最低条件ではあるが、地方と都市を差別化する視点には乏しい
- 「生活費の安さ」だけを武器にすると、地方同士の消耗戦に巻き込まれる
- 地方は都市に比べて「ワザ」へのアクセスがしやすく、日常生活の中にも独自の生活技術が息づいている「ワザ」の宝庫である
- 「技術を身に着けたい」というニーズと地方の「ワザ」をマッチングするには、地域ごとの棚卸しと、ふるさと納税型の全国プラットフォームが必要
- 「ワザ消費」の仕組みは、地方創生と伝統文化・伝統工芸の担い手不足の解消を同時に前進させる可能性がある
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