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「モノ消費からコト消費へ」と言われるようになって久しくなりました。そして近年、「コト消費」はさらに先鋭化し、「トキ消費」や「イミ消費」という言葉で語られるようになっています。私はかねてより、こうした消費行動の変化を「AIに対する人間の優位性」という文脈で説明できると考えてきました。「トキ消費」や「イミ消費」も、この文脈で読み解くことができます。そして今回、この延長線上に、次に独立してくる消費行動があります。それが「ワザ消費」です。本稿は私個人の考察であり、学術的な裏付けに基づくものではありませんが、一つの視点として読んでいただければ幸いです。

消費行動の変遷を「AIへの優位性」で読む

「モノ消費」とは、製品そのものの機能や所有に価値を見出す消費行動です。これに対して「コト消費」は、製品やサービスを通じて得られる体験に価値を見出す消費行動として、長らく語られてきました。旅行先での思い出、イベントへの参加、ワークショップでの学び——これらはすべて「コト消費」の代表例です。しかし近年はこの「コト消費」という大きな枠組みそのものがさらに枝分かれし、「トキ消費」「イミ消費」という、より輪郭のはっきりした言葉で語られるようになっています。一つの言葉ではくくりきれないほど、消費者が求める体験の中身が多様化・先鋭化してきたということでもあるでしょう。

この一連の変化の背景には、AIの存在があります。以前、別の記事(「エモい」の正体(上)(下))で、Z世代の「エモい」という感情も、AIがもたらす進化への恐怖からの逃避として説明できるという仮説をお伝えしました。今回の「消費行動の先鋭化」も、根底には同じ構造——人間がAIに対して優位性を発揮できる領域に、価値と時間を投じるようになっているという構造があります。

「トキ消費」— 身体を持つ人間だけが味わえる「グルーブ」

「トキ消費」とは、再現性がなく、その場に居合わせなければ二度と経験できないような場を経験する消費行動です。ライブコンサートの一夜限りの盛り上がり、祭りの熱気、限定イベントでの一体感——こうしたものが典型例として挙げられます。突き詰めれば、その場の「空気感」、いわゆる「グルーブ」を味わう行動だと言えます。「グルーブ」は五感で感じるものであり、言葉で表現しきれません。動画や写真でどれだけ精密に記録しても、その場にいたときの空気の振動、周囲の熱量、皮膚感覚までは再現できません。つまり「トキ消費」は、「身体」を持つ人間の優位性を最も発揮できる消費行動です。AIがどれほど高度な情報処理能力を持っていても、その場に居合わせ、空気を肌で感じるという経験そのものは、身体を持つ人間にしかできません。

「イミ消費」— 社会からの承認を得る行動

「イミ消費」とは、社会貢献や環境保全への貢献など、社会的な意義に関わる消費行動です。フェアトレード商品を選ぶ、被災地支援の商品を購入する、環境負荷の低い製品を選ぶ——こうした行動が該当します。社会から必要とされる存在としての実績を積み上げ、社会からの承認を得る行動だと言えます。これは、社会を形成するという人間の特性を利用して自らの存在価値を高める行為であり、AIには持ちえない人間の特性を活用して、AIに対する優位性を高める行為です。AIは効率的に情報を処理し判断を下すことはできても、「誰かの役に立ちたい」という動機そのものを、人間のように内側から抱くことはありません。この違いが、「イミ消費」という行動の根底にあります。

消費行動価値の源泉人間の優位性
モノ消費製品の機能・所有(優位性の観点では語られにくい従来型の消費)
コト消費製品・サービスを通じた体験体験を通じた記憶・感情の蓄積
トキ消費再現不可能な「その場」の空気感身体を持ち、五感で場を感じられること
イミ消費社会貢献・社会からの承認社会を形成し、承認を与え合えること

次に独立する消費行動 — 「ワザ消費」という仮説

「トキ消費」も「イミ消費」も、もともとは「コト消費」の一部分が先鋭化し、独立した消費行動です。そして、AIに対する人間の優位性という文脈で考えたとき、「コト消費」の中から次に独立してくる消費行動は、「技術を身に着ける」行動です。

「技術」という領域は、「身体を持つ」「道具を使う」「五感を持つ」という、人間の優位性を最大限に発揮できる分野です。将来的には人型AIが技術を身に着ける日も来るでしょう。しかし技術は常に変化と進化が求められるものであり、AIがその変化と進化そのものを担えるようになるまでには、まだ相応の時間がかかります。少なくとも当分の間、「技術」は人間が優位性を発揮できる数少ない分野の一つであり続けます。

この「技術を身に着ける」あるいは「技術を見る」ための消費行動を、私は仮に「ワザ消費」と呼びます。技術は、自分自身が身に着けることだけに価値があるのではありません。他人の技術を見ること、それ自体にも意味があります。優れた技術を目の当たりにすることで、人間の優位性を確認し、そこに一種の安心感を得ることができるからです。習い事教室やカルチャースクールが根強い人気を保っているのも、資格取得やスキルアップを目的とした学び直しの需要が拡大しているのも、この「ワザ消費」の一形態として捉えることができます。「何かができるようになる」という実感、あるいは「誰かが何かをできる」という事実を目撃することそのものが、AIの時代における人間の価値の再確認になっています。

日本は「ワザ」の宝庫である

この仮説を踏まえたとき、日本という国が置かれている状況は、実に興味深いものです。日本は、職人の技、伝統工芸、匠の技術など、「ワザ」の宝庫であり、いわば「ワザ」大国です。そして「ワザ」は、机上の理論やデータの中にあるのではなく、常に「現場」にあります。

近年、リモートワークやDXが進む一方で、あらためて「現場」の重要性が見直される動きも各所で見られます。「ワザ消費」という視点は、この「現場回帰」とも整合します。工房を訪れて職人の手仕事を間近で見る、料理人の技を目の前のカウンターで見る、伝統工芸の制作過程に立ち会う——こうした体験は、まさに「ワザ消費」そのものだと言えるでしょう。

訪日外国人にとっての「ワザ消費」

「ワザ」大国としての日本は、訪日外国人にとっても強い訴求力を持ちます。寿司職人が目の前で握る所作、蕎麦職人が麺を打つ手さばき、和紙職人が一枚一枚漉いていく工程、刀鍛冶が鉄を打つ様子——こうした技術は、自国で目にする機会がほとんどない訪日外国人にとって、それ自体が唯一無二の観光資源になります。実際、職人の手仕事を間近で見学できるツアーや体験プログラムは、インバウンド需要の中でも人気の高いコンテンツの一つになっています。モノとしての土産物ではなく、技術そのものを体験し、目撃したという記憶を持ち帰ってもらう。これは「ワザ消費」と「トキ消費」が掛け合わさった、日本ならではの観光体験だと言えるでしょう。地域の中小企業や個人事業主にとっても、自社の「ワザ」を訪日外国人向けに開くことは、新たな収益源とブランディングの機会になりえます。

すでに始まっている「ワザ消費」の兆し

実は「ワザ消費」と呼べる現象は、すでに私たちの身の回りで静かに広がり始めています。オープンキッチンで調理の一部始終を見せる飲食店、ガラス張りの工房を構えるガラス職人、製造工程を見学コースとして開放する町工場——これらはいずれも、技術そのものを「見せる」ことで顧客の関心を集めています。カウンター越しに職人が寿司を握る様子を見せる寿司店や、目の前で刀を研ぐ実演を行う刃物店なども、同じ文脈で説明できるのではないでしょうか。SNS上で、料理人や職人の手元を映した動画が高い再生数を集めている現象も、この延長線上にあると考えられます。共通しているのは、いずれも「効率」よりも「見える化された技術」に価値が置かれている点です。

まとめ

  • 「モノ消費」から「コト消費」への流れは、「トキ消費」「イミ消費」へとさらに先鋭化してきた
  • これらの変化の背景には、AIに対する人間の優位性を発揮できる領域に価値と時間を投じるという構造がある
  • 「トキ消費」は身体を持つ人間だけが味わえる「グルーブ」、「イミ消費」は社会からの承認を得る行動として説明できる
  • 次に独立する消費行動は「技術を身に着ける・見る」という「ワザ消費」——これが本稿の仮説
  • 技術は「身体を持つ」「道具を使う」「五感を持つ」という人間の優位性を最大限に発揮できる分野であり、AIがこの領域を担うまでには時間がかかる
  • 日本は「ワザ」の宝庫であり、「ワザ」は常に「現場」にある。「ワザ消費」は現場回帰の潮流とも整合する
  • 「ワザ」大国としての日本は、訪日外国人にとっても唯一無二の観光資源になりうる。職人技の見学・体験は「ワザ消費」と「トキ消費」が掛け合わさったインバウンドコンテンツである
  • オープンキッチンや工房見学、技術系動画の人気など、「ワザ消費」の兆しはすでに身の回りに広がっている

この「ワザ消費」という視点を、企業がどのように事業やブランディングに活かせるのかは、後編で考えていきます。▶ 「ワザ消費」という新しい消費行動(下) — 中小企業が「現場のワザ」を武器に変える方法(2026-08-15)


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