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前編(上)「ブランディングにおける顧客の絞り込み(上) — 「顧客に選ばれる」より「顧客を選ぶ」。強いブランドの逆説」では、ブランドへの信頼には「品質・サービスへの信頼」だけでなく、「そのブランドの顧客である自分がどう見られるか」という側面が含まれるという話をしました。この価値を守るためには顧客層をコントロールすること——すなわち顧客を選ぶことが必要であり、「顧客を選ぶ」ための手段として「尖がった商品・サービス」と「心理的な壁」という二つの設計があるという話でした。後編(下)では、この「心理的な壁」の機能についてさらに深く掘り下げ、「おもてなし」の本質とブランド戦略の関係を論じます。

心理的な壁は、すべての人に等しく機能するわけではない

心理的な壁は、ブランドの顧客層を管理する有力なツールです。しかし、すべての人に対して等しく機能するわけではありません。ここに、ブランド設計において見落とされがちな、しかし非常に重要な視点があります。

壁というものを「超えてはいけないもの」として認識する人々にとって、心理的な壁は有効に機能します。「ここは自分にはちょっと敷居が高いかもしれない」「場違いではないだろうか」という感覚を持つ人は、壁の前で立ち止まります。この心理的な抑制は、一般的な傾向として男性においてより強く現れると感じます。

一方、壁を「超えるべきもの」または「さほど気にする必要のないもの」として捉える人々もいます。一般に女性に多く、特に若年層においてその傾向が顕著です。なぜこのような違いが生まれるのでしょうか。一つの見方として、近代における女性の社会進出の歴史が関係していると考えることができます。教育の場、職業の世界、政治参加——近代以降、あらゆる社会領域で女性の前には「ここは女性の来る場所ではない」という壁が設置されてきました。そしてその壁を一つひとつ乗り越えることで、女性は社会的な地位と権利を獲得してきた歴史があります。

この長い歴史の中で、「壁は超えるもの」または「無視すべきもの」というマインドセットが培われてきたと考えることができます。壁を前にしてひるむのではなく、壁の先に何があるかを直感的に問い、価値があると判断すれば躊躇なく踏み込んでいく。この行動特性は、消費行動においても鮮明に現れています。

壁を「超えやすい人々」がいることは、設計の失敗ではない

心理的な壁が特定の層に対して機能しにくいという事実は、ブランド設計の失敗を意味するわけではありません。むしろこの事実は、ブランド設計をより深く考えるための重要な示唆を与えてくれます。

壁の本来の役割は「入口の管理」です。しかし壁を通過した先に何があるかが、真の意味でブランドの顧客層を決定します。壁を易々と超えてやってきた顧客が、その先の空間・商品・サービス・コミュニティに触れたとき、「ここは自分にふさわしい場所だ」と感じれば固定客になります。逆に「期待外れだった」と感じれば、再来訪はありません。壁の先の体験の質こそが、最終的な顧客選別を行っているのです。

設計の層役割顧客への影響
心理的な壁(入口)ふさわしくない顧客層を遠ざける「ここは自分の来る場所か」を問わせる抑止力
壁の内側の体験(本質)壁を越えた顧客を固定客に育てる「ここは自分にふさわしい」という確信を生む

「入りにくい雰囲気だったけれど、入ってみたら素晴らしかった」という体験は、顧客の中に「私はここにふさわしい人間だ」という強い確信を生みます。その確信が、最も深い固定客を育てます。壁の設計とは「来てほしくない人を遠ざける」だけでなく、「壁を越えてきた人の体験の価値を高める」という二重の意味を持っています。この二重性を意識してブランドを設計することが、顧客層の質を高めながら固定客を育てるための鍵です。

「おもてなし」は、万人に向けるものでも、過剰なサービスでもない

顧客を選別するという発想に対して、「日本の『おもてなし』の精神に反するのではないか」と感じる方もいるかもしれません。しかしこれは、「おもてなし」という言葉の誤解から生まれる反論です。

「おもてなし」の語源は「表裏なく誠実にもてなす」という意味にあります。表向きだけの愛想ではなく、心から相手の立場に立って最善の対応をする姿勢のことです。ここに「すべての人に過剰なサービスを提供する」という意味は含まれていません。また、「顧客の理不尽な要求にも応じる」という意味もありません。本当の「おもてなし」とは、所定のサービスの範囲内で誠実に最善を尽くすことです。それは万人に向けるものではなく、売り手よし・買い手よしを実現できる相手に対して、代金に見合った商品・サービスを心を込めて提供することです。

過剰なサービスは「おもてなし」ではありません。それは従業員を疲弊させ、経営を圧迫し、そして皮肉なことに、本来の固定客へのサービスの質を下げます。本来の固定客に向けるべきエネルギーと注意が、ふさわしくない顧客への過剰対応に費やされてしまうからです。さらに深刻なのは、「お客様は神様」という発想がカスタマーハラスメントを招きやすい環境を作ってしまうことです。「どんな要求にも応じなければならない」という前提が、一部の顧客に「何を言っても許される」という誤った認識を与えます。過剰なサービスへの期待が常態化した環境は、カスハラの温床になります。これは従業員を守る人事労務の観点からも、見過ごすことのできない問題です。

真のおもてなしは、顧客の選別と矛盾しません。むしろ顧客を適切に選別することで、本来の顧客に対してより質の高いおもてなしを提供できるようになります。ふさわしい顧客との関係に集中することで、従業員は誇りを持って働けます。顧客は最高の体験を受け取れます。そして事業者は、過剰なコストや消耗を避けながら持続的な経営を実現できます。これこそが「売り手よし・買い手よし」の本当の姿であり、真のおもてなしが成立する関係です。

ブランド戦略・デザイン戦略・人事労務戦略の三つが交わる場所

ここまで述べてきた「顧客の絞り込み」という発想は、ET-OFFICEが掲げる三本柱——デザイン戦略・ブランド戦略・人事労務戦略——と深く連動しています。企業を一つの生命体として全体俯瞰したとき、顧客の絞り込みは単なる「集客戦略」ではなく、三つの層が連動した経営の構造として機能していることがわかります。

戦略の柱顧客の絞り込みとの連動
ブランド戦略
「誰のためのブランドか」を設計する
顧客層を明確に絞り込み、その顧客の承認欲求を満たすブランドの約束を設計する。顧客が「ここの仲間である自分に誇りを持てる」環境をつくる
デザイン戦略
「壁」と「内側の体験」を設計する
ふさわしくない顧客を遠ざける壁と、壁の先で固定客を育てる体験の質を、俯瞰的に構造として設計する。価格・空間・接客・商品すべてを連動させる
人事労務戦略
「従業員が誇りを持って働ける」環境をつくる
過剰なサービスを求めない顧客層を選ぶことで、従業員は本来の仕事に集中できる。カスハラのリスクを下げ、働きがいと定着率を高める

「誰に来てもらうか」という問いは、「どのような会社でありたいか」という問いと表裏一体です。「うちはどんなお客様でも大歓迎」という姿勢から「私たちはこういう方々のための事業者です」という姿勢へ——この転換は、小さく見えて実は経営の根幹に関わる変革です。固定客が育ち、従業員が誇りを持って働き、ブランドに輪郭が生まれる。その変革の入口は、「誰を顧客とするか」を真剣に考えることから始まります。

まとめ

  • 心理的な壁はすべての人に等しく機能するわけではない。壁の先の体験の質こそが、最終的な顧客選別を行う
  • 壁の設計と内側の体験設計はセット。「入りにくかったが素晴らしかった」という体験が、最も深い固定客を育てる
  • 「おもてなし」の本質は万人への過剰サービスではなく、ふさわしい顧客に対して誠実に最善を尽くすこと
  • 過剰サービスは従業員を疲弊させ、カスハラの温床になる。顧客を選ぶことは人事労務戦略とも直結する
  • 顧客の絞り込みはブランド戦略・デザイン戦略・人事労務戦略の三つが連動した、経営の構造的な問いである

ET-OFFICE 経営労務デザインでは、ブランド戦略・デザイン戦略・人事労務戦略を連動させながら、「誰のための事業者か」を設計するご支援をしています。「うちのブランドをもっと強くしたい」「ターゲット顧客を明確にしたい」とお考えの方は、いつでもお気軽にご相談ください。初回相談は無料です。

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