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2026年10月、改正労働施策総合推進法の施行により、カスタマーハラスメント(カスハラ)対策がすべての事業主に義務づけられます。「対応マニュアルを用意すればいい」「謝罪の仕方を統一すればいい」——そう受け取っている経営者・人事担当者の方も多いかもしれません。しかし、それだけでは対処療法に過ぎず、カスハラが繰り返される構造そのものは変わりません。

この記事では、カスハラ対策を「義務の消化」で終わらせないための考え方を整理します。物事を俯瞰して本質を見極め、根本的な解決策を考えるという「デザイン」の視点を起点に、常習者への対応・人事労務制度の整備・ブランド戦略としての発信という三つの柱を連動させることで、法令対応が会社の信頼と競争力に変わる道筋をお伝えします。

カスハラが起きる構造を「デザイン」で俯瞰する

カスハラ対策で最初にすべきことは、個別の事案に飛びつくことではありません。「なぜ自社でカスハラが起きやすいのか」という発生構造を俯瞰することです。これが、対処療法ではなく根本から解決するためのデザイン的視点です。

企業を一つの生命体として全体俯瞰するという視点で考えてみます。カスハラが頻発する組織には、構造的な共通点があります。「担当者が一人で対応し、判断を委ねられている」「サービス水準について顧客との期待値が合っていない」「問題が起きても記録されず、組織として学習できない」——こうした構造的な「隙」が、カスハラを引き寄せる土壌を作っています。

発生構造を分解すると、主に三つの根本要因が見えてきます。

根本要因具体的な状態デザインの方向性
期待値のズレサービス範囲が明文化されておらず、顧客の過大な要求を断りにくい提供するサービスの範囲と限界を顧客接点で事前に明示する
対応の属人化担当者の個人スキルや性格に対応が左右され、「この人なら通じる」と思われる判断基準・エスカレーションルートを組織として標準化する
記録と学習の欠如事案が記録されず、同じ問題が繰り返される。常習者の把握もできない記録・共有・振り返りのサイクルを仕組みとして組み込む

この三つの根本要因を押さえた上で、常習者対応・人事労務・ブランドの各柱を設計することが、実効性ある対策の出発点です。

カスハラ常習者への対応 — 「隙のない組織」が最大の抑止力

カスハラの発生構造を俯瞰するとき、一般的なカスハラとは異なるメカニズムで動く「常習者」を別途論じる必要があります。

常習者の行動原理を一言で表すなら、「確実に勝てる相手に、正論を盾にして打ち負かすことで承認欲求を満たす」ということです。感情的に暴走しているわけではなく、冷静に「隙のある相手」を選んでいます。担当者が若い・一人で対応している・会社として明確な方針がない——こうした状況を瞬時に読み取り、そこに力を集中させます。

注目すべき点は、常習者の多くが職場においてもパワーハラスメントの常習者である傾向が指摘されていることです。職場では部下を、職場外では店員や窓口担当者を標的にする。場所は違っても「確実に勝てる相手を選ぶ」という行動パターンは一貫しています。この構造を理解すると、対応の方向性が明確になります。

「謝罪してなだめる」「要求を一部でも飲む」という対応は逆効果です。「この会社には強く出れば通じる」という学習を与え、次の標的候補として認定されます。必要なのは、「この会社は確実に勝てる相手ではない」と認識させることです。

❌ 常習者を増長させる対応✅ 「隙なし」を示す対応
担当者が一人で抱え込む複数人・組織として対応する
とにかく謝罪でその場を収める事実関係を記録し冷静に確認する
理不尽な要求を一部でも飲む対応できる範囲を明確に告げる
「次回は気をつけます」と約束する毅然とした態度で一貫して臨む
明確な対応打ち切り基準がない必要に応じて警察・弁護士と連携する体制を持つ

常習者対応で最も効果的なのは、個人ではなく組織として対応することです。「担当者一人に圧力をかけても組織全体が動く」という構造を日頃から作っておくことが、最大の抑止力になります。また「記録」も重要です。日時・場所・発言内容・対応者・結果を詳細に残すことは、法的対応の証拠になると同時に、「この会社はすべて記録している」という無言のメッセージを常習者に届ける抑止効果も持ちます。

なお、改正法は自社の社員が他社の労働者にカスハラを行わないよう配慮することも、事業主に求めています。「守られる側」の設計と「加害しない側」の設計の両方が、真に機能するカスハラ対策です。

人事労務の視点 — 「社員を守る制度」が定着率と採用力を高める

カスハラ対策の義務化は、その本質において人事労務管理の問題です。社員が顧客からの理不尽な言動に晒されたとき、会社として何をするのか。この問いに対する答えを、制度として明文化することが求められています。

制度整備の核となるのは就業規則(または関連規程)の整備です。以下の項目を盛り込む必要があります。

  • カスハラに対する会社の基本方針
  • カスハラとして認定される行為の定義
  • 相談窓口の設置と利用方法
  • 被害を受けた社員への支援措置(事実確認・接触遮断・メンタルヘルスケア)
  • 悪質事案への対応打ち切り基準

現場でよく起きる問題は、対応が「現場任せ」になっていることです。ある調査では、カスハラを経験した労働者の3割以上が「何もしなかった」と回答しており、組織的なルールと体制がなければ泣き寝入りが続く実態が浮き彫りになっています。制度を作って終わりではなく、担当者・管理職への定期的な研修と、事案の記録・振り返りのサイクルを仕組みとして組み込むことが不可欠です。

人事労務の観点で強調したいのは、カスハラ対策の充実が採用と定着に直接効いてくるという点です。特に接客業・サービス業・医療・介護・飲食といった業種では、カスハラ被害が離職の大きな要因になっています。「この会社は自分を守ってくれる」という安心感があってこそ、社員は自信を持って毅然と顧客に向き合えます。守りの人事から攻めの人事へ——カスハラ対策は、その転換点になり得ます。

ブランドの視点 — カスハラ対策は「社外への約束」でもある

ブランドとは「顧客との約束の体系」です。カスハラ対策の義務化は、その約束の内容を問い直す機会でもあります。「社員を守る」という方針を社内に周知するだけでなく、それを社外にどう伝えるか——ここにブランド戦略の視点が生まれます。

先進的な企業はすでに、ウェブサイトやSNS・店頭掲示などを通じて「カスタマーハラスメント防止に向けた基本方針」を積極的に発信しています。これは単なる法令遵守の告知ではありません。「私たちは社員を大切にしている。だからこそ、良質なサービスを提供できる」というブランドメッセージを顧客に向けて発信する行為です。

この発信は、常習者への抑止効果も持ちます。「この会社はカスハラを組織として対応する」という姿勢を社外に明示することは、常習者が標的を選ぶ段階での選別につながります。「隙のない会社」であることは、内側の設計だけでなく、外への見せ方によっても伝わるのです。

「お客様は神様」という旧来の価値観から脱却し、「適切な範囲での誠実なサービスを提供します。それを超えた言動には毅然と対応します」という姿勢を打ち出す企業は、誠実な顧客からの信頼を高めています。価格ではなく価値で選ばれる企業を目指すとき、カスハラ対策の毅然とした発信はブランドの一部になります。

また、改正法はBtoBの取引先担当者によるハラスメントも対象に含んでいます。「自社の社員を守る」という姿勢は、協力会社や外注先からも選ばれる理由になります。ブランドは顧客との関係だけでなく、取引先・採用市場・地域社会との信頼関係全体で作られていくものです。

まとめ — 三位一体で考えるカスハラ対策

カスハラ対策を「義務消化」で終わらせないために、三つの柱を連動させて設計することが重要です。

  • デザインの視点:カスハラが起きる構造(期待値のズレ・対応の属人化・記録の欠如)を俯瞰し、発生を防ぐ仕組みと対応フローを根本から設計する
  • 常習者対応:「隙のない組織」をつくることで、抑止と毅然とした対応を両立させる
  • 人事労務の視点:就業規則・相談体制・事後ケアを制度化し、社員が安心して働ける土台をつくる
  • ブランドの視点:その取り組みを社内外に誠実に発信することで、採用力・顧客信頼・取引先からの評価を高める

三つが揃ったとき、カスハラ対策はコストではなく「この会社で働きたい」「この会社に仕事を頼みたい」という信頼の蓄積に変わります。2026年10月の施行という締め切りは、その変革に取り組む絶好のタイミングです。


ET-OFFICE 経営労務デザインでは、カスハラ発生構造の診断から就業規則の整備・対応フローの設計・常習者対応の方針策定・社外向け発信の支援まで、経営労務デザインの視点でトータルにサポートしています。初回相談は無料です。

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