建設現場の「花形」と呼ばれてきた鳶職人の世界で、倒産が過去最多のペースで増えています。原因は売上不振や人手不足と報じられていますが、それは現象の表面にすぎません。俯瞰すると、その背後には元請・下請・孫請と連なる「重層構造」があり、さらにその奥には、下層ほど差別化ができず価格競争に陥るという構造的な問題が見えてきます。今回は、この問題の本質と、専門工事会社が価格競争から抜け出すための道筋を考えます。
鳶工事業の倒産が、16年ぶりに100件を超えました
東京商工リサーチの集計によると、2026年1月から8月までの鳶工事業の倒産は110件で、前年同期から約4分の1増えました。同じ期間で100件を超えたのは、2010年以来16年ぶりです。
| 指標 | 数値 |
|---|---|
| 2026年1〜8月の倒産件数 | 110件(前年同期比 約26%増) |
| 従業員10人未満の小・零細事業者の割合 | 約9割 |
| 鳶職の有効求人倍率 | 7.94倍 |
倒産のほとんどが小・零細規模で、物価高や人手不足を理由とする倒産は前年からほぼ倍増しています。つまり「仕事がない」から潰れているのではありません。「職人が集まらない」「上昇したコストを価格に転嫁できない」から潰れているのです。
重層構造は、高度経済成長期には合理的な仕組みでした
建設業では、工事が元請から一次下請、二次下請へと何層にも分けて発注されます。この構造が広がったのは、大量の人手で大量の工事をこなした高度経済成長期です。受注量の波が大きい建設業において、元請が職人を直接抱えずに繁閑の波を下請に分散させる仕組みは、当時の社会情勢に適した合理的なものでした。問題は、その前提が今では成り立たなくなっていることです。
| 高度経済成長期:機能していた理由 | 現代:デメリットが上回る理由 |
|---|---|
| 工事量が右肩上がりで拡大した | 担い手が減り、高齢化が進んでいる |
| 若い労働力が豊富に供給された | 各層で労務費が削られ、賃金が上がらない |
| 繁閑の波を下請に分散できた | 下層ほど差別化できず価格競争に陥る |
| 中間経費を吸収できる利幅があった | 責任の所在や安全管理が曖昧になる |
国土交通省自身も、過度な重層下請構造を、労務費が職人まで行き渡らない要因の一つと位置づけています。
下層ほど「違い」が消え、価格だけで比べられるようになります
重層構造の弊害の中で、私が最も本質的だと考えているのが、専門化・細分化がもたらす「差別化の喪失」です。
層を下るごとに、各社が担う業務の範囲は狭くなります。元請は工事全体の企画・調整・品質保証を担い、一次下請は工種ごとの計画と管理を担います。しかし下層に行くほど、仕事は「決められた仕様どおりに、決められた作業を行う」ことに絞られていきます。仕様が同じであれば、どの会社が施工しても、完成品の違いは発注者から見えにくくなります。違いが見えなければ、比較の軸は価格しか残りません。
| 階層 | 主に担う機能 | 差別化の余地 |
|---|---|---|
| 元請 | 企画・提案、全体管理、品質保証、発注者との関係 | 大きい |
| 一次下請 | 工種ごとの計画・設計、施工管理、安全計画 | ある |
| 二次下請 | 指示に基づく施工と現場管理 | 小さい |
| 三次以下 | 決められた作業の提供 | ほとんどない |
こうして下層は、悪循環に陥ります。業務が細分化される。成果物の違いが見えなくなる。価格競争になる。労務費が圧縮される。そして担い手が集まらなくなる。倒産の理由として報じられる「人手不足」と「価格転嫁できない」は、この循環の出口で観測されている現象にすぎません。
さらに近年は、社会保険料や労働時間規制の負担を避けるために、職人を雇用ではなく一人親方として請負契約にする動きも指摘されています。これは最末端にもう一つ層を加え、価格競争をさらに激しくします。社会保険労務士の立場から見れば、偽装請負や社会保険未加入のリスクも抱える、危うい対応です。
法整備は「下限」を守れても、価格競争そのものは止められません
2025年12月に全面施行された改正建設業法では、国が「労務費の基準」を示し、著しく低い労務費での見積依頼や原価割れ契約が規制されました。これは、下層の労務費を守るうえで大きな前進です。
しかし、法律が定められるのは「これ以下にしてはいけない」という下限です。下限より上では、依然として価格で比べられる競争が続きます。差別化できない限り、各社は基準ぎりぎりの価格で受注を奪い合うことになり、労務費が基準を超えて上がっていく力は生まれません。担い手不足を解消するほどの賃金上昇には、つながらないのです。
労務費を押し上げる力は、規制からではなく、差別化からしか生まれません。法整備は「床」をつくり、差別化は「天井」を押し上げます。
差別化の武器は、上層にあります
下層で差別化が難しいのは、差別化の源泉となる機能が上層に集まっているからです。企画・提案、計画・設計、施工管理、発注者との関係づくり。ここにこそ、「この会社に頼みたい」と思わせる違いが生まれます。したがって価格競争から抜け出すには、上層と一体になるか、上層の機能を自ら獲得するか、いずれかの道を選ぶ必要があります。
| 道筋A:上層との垂直統合 | 道筋B:上層の機能を獲得する |
|---|---|
| 上位の会社との統合や元請との直接取引によって、自社の位置を上層へ引き上げる | 資本の統合をせずに、上層が担ってきた機能を内製化し、「作業」ではなく「解決」を提供する |
| 元請と長期の協力関係を結び、一次下請となる/上位の専門工事会社との合併・グループ化/中間層を介さない直接契約の開拓 | 足場計画・仮設計画の立案と図面作成/施工管理技士の育成と工程管理への参画/鳶・鉄骨建方・重量物の一括請負/改修工事などでの施主からの直接受注 |
その土台となるのが「水平統合」です。零細規模のままでは、施工管理の人材を雇い、機材を保有し、計画力を磨く余力がありません。同業との合併や事業承継による規模の確保は、上層の機能を獲得するための「足場」になります。
なお、元請が職人まで直接抱える完全な垂直統合は、受注変動のリスクを元請に戻すことになり、現実的とは言えません。是正の方向は、下層の会社が上層の機能を取り込みながら、層そのものを浅くしていくことだと考えます。
三本柱の視点で、「選ばれる専門工事会社」を設計する
| 視点 | 取り組みの方向性 |
|---|---|
| デザイン戦略 構造の中の自社の位置を俯瞰する | 自社が構造のどの層に位置し、どの機能を担い、どこで利益と労務費が失われているかを俯瞰する。そのうえで、どの上層機能を獲得すれば差別化の武器になるかを設計する |
| ブランド戦略 提供価値の定義を変える | 「下請け会社」から「計画から施工まで任せられる会社」へと、提供価値の定義そのものを変える。価格ではなく価値で比べられる状態をつくることが、価格競争から抜け出す本質的な道である |
| 人事労務戦略 上層機能を担える人材を育てる | 職人を雇用し、施工管理や計画の技能を段階的に身につけられるキャリアパスと評価制度を整える。求人倍率が8倍近い業界では、成長できる環境そのものが最大の採用力になる |
着手の順序は、次のとおりです。
- 自社の階層と担っている機能を棚卸しし、差別化の余地を把握する
- 獲得すべき上層機能(計画・管理・一括請負・直接受注)を一つ選び、計画を立てる
- 施工管理や計画を担える人材の育成・採用に着手する
- 職人の雇用形態を見直し、社会保険加入と労務費の内訳明示を徹底する
- 単独での実現が難しい場合は、同業との連携・統合・事業承継を検討する
まとめ
- 鳶工事業の倒産は2026年1〜8月で110件と16年ぶりに100件を超え、その約9割が従業員10人未満の小・零細事業者である
- 倒産の原因は「仕事がない」ことではなく、「職人が集まらない」「コストを価格に転嫁できない」ことにある
- 重層構造は高度経済成長期には合理的だったが、担い手減少の時代にはデメリットが上回る
- 最も本質的な弊害は、下層ほど業務が細分化され、成果物の違いが見えなくなって価格でしか比べられなくなること
- 改正建設業法は労務費の「床」をつくるが、その上の価格競争は止められない。天井を押し上げるのは差別化である
- 差別化の源泉は上層の機能にあり、上層との統合か、上層機能の獲得かを選ぶ必要がある
鳶職人は、建設現場に欠かせない高度な技能の担い手です。その技能が価格だけで比べられている限り、正当に報われる日は訪れません。法整備はその床を支えてくれますが、天井を押し上げるのは一社一社の差別化です。法改正は、目の前だけを見れば負担です。しかし俯瞰すれば、自社の立ち位置と提供価値を見直す好機でもあります。
ET-OFFICE 経営労務デザインでは、自社の立ち位置の俯瞰から、提供価値の再定義、職人のキャリアパス設計や社会保険・労務費の適正化まで、三本柱の視点でトータルにサポートします。「価格競争から抜け出したい」「職人が集まらない」という方も、まずはお気軽にご相談ください。初回相談は無料です。


